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私の田舎の「葬儀」

こんにちわ!人間は感情の生き物。このまま何もしないとどうなるでしょう!を共に考える米子相続コンサルタント、【日だまり】代表の山根です。

高校生までは鳥取県に住んでいたとはいえ、学校卒業後、県外に住み、一度Uターンで帰りはしたものの、さらにその後、18年間、芦屋市、神戸市に住んだ後、ふたたび、故郷に戻ってみますと・・。

慣習が都会と田舎では大きく異なっていることに驚きました。

その一つが地元の「葬儀」です。

私が生まれて初めて、その「葬儀」に参列したのが、小学校5年生のときだった様に記憶しております。昭和48年ごろ?

その頃、まだ土葬で棺桶(かんおけ)をかつぎ、行列を作って皆で歩いて墓まで行った記憶があります。

ただ、黙々と歩くのではなく、確か「チン、ドン、シャラシャラ~」と鐘と何かを鳴らしながら小さな大名行列のように歩いた記憶があります。幼心に、どことなく不気味な独特な行事だと感じていました。

とは言え、さすがに、今は火葬ですので、行列で歩くということは無いです。しかも、コロナ禍ですので、密集は避けなければなりません。

昔と今は違います。

私も地元に帰ったのですから、地元の様々な慣習を親父から教えてもらっているところです。

ところが・・

「葬儀」の慣習を教えられ、驚愕の事実を知ることになります。

このブログをご覧になられている方が、鳥取県西部の方なら、当たり前だ、とか、うちと似たり寄ったりだと思われるのでしょうか?

都会にお住みの方は、どうですか?信じられますか?

私が今住んでます集落には7つの班に割り振られております。一つの集落にです。ひと班、6軒~15軒くらいでしょうか。

仮に、私の住んでいる班の方が亡くなったと仮定します。

葬儀の段取りは、亡くなられた方のおうちがするのではなく、同じ隣家の班内の方々が葬儀の段取りをされます。

本当に驚きました。

・集落の長ではなく、班の長が通常、葬儀委員長になられるそうです。不都合があるなら喪主等と話し合いで別に葬儀委員長を決めるそうです。

 葬儀委員長は当然、司会進行します。

・ほかの一部の方は、自宅の受付数名、葬儀場の受付数名を決めます。

 特に自宅の受付は「香典帳」記載、香典を記載前と後に分けたり、コーヒー・お茶など出すときもあるそうです。

「寺迎え」がという役目があります。

 まず、亡くなられた方の氏名、生年月日、死亡年月日など必要な情報を方丈さん(お坊さん)に伝えます。

 すると、方丈さん(お坊さん)から葬儀、出棺(しゅっかん)時間などが伝達されます。

 出棺時になりますと、方丈さん(お坊さん)を「寺迎え」役の方がお迎えにあがったり、葬儀場に送迎したりします。

 特に難しい役目が出棺時に鐘を鳴らす役目らしいです。

 10分前、5分前、出棺時、棺(ひつぎ)を霊柩車(れいきゅうしゃ)に収め出棺するとき鳴らします。

 特に、棺を霊柩車に収め出棺するときはクライマックスです。

 方丈さんが鐘を鳴らした後に続いて、同様に鳴らさなければなりません。

 「ドンチャン、ドンチャン、ドンチャン、ドンチャン・・・」というイメージらしいです。

 ん・・。昭和のドキュメンタリー白黒映像に出てくるような、棺桶を担いでいる様、独特な鐘の音がそこら中に響き渡っている様、でしょうか。

 何度も言いますが、これらのお役目、隣家の方々がやるということに大きな驚きがあります。

・最後に「役所、(病院)等手続き役目」です。

 喪主から保険証、家の印鑑を預かり、生年月日、火葬場、火葬年月日時刻を聞きます。役所に死亡届を提出します。もちろん、隣家の方々が提出します。

 亡くなった方の情報を新聞に掲載するのかしないのかを必ず確認してから、役所に報告しに行くことも大切な役目です。

どうお感じになられましたでしょうか?

ざっと、以上が、私が住んでます集落の「葬儀」慣習です。

これでも、女性の方々の料理作り(通夜振る舞い)が無くなったので、簡単になったそうです。業者に依頼するのでしょう。

私はこの慣習は鳥取県の西部の私の集落だけのものだと思っておりました。

さすがに、地方とはいえ、米子市内はこんなことはしないだろう・・。

※米子市内に皆生というところがあります 。皆生には「皆生温泉」があり、日本トライアスロンの発祥地で有名です。

そこで、十数年ぶりに米子市内の友人に会ってこの話をしたところ・・・、

驚くことに、「うちもそうだよ。同じ事やるよ!」と即答されました。

マジか!!

それだけではなく、さらに・・

友人

『札打ち』って知ってる?

知らないな~。何それ?

友人

あんな~、米子市内の街中に小さな船が通れそうな川(加茂川)があ~が(あるでしょ)。
川べりに蔵があるところ。あの辺りにお地蔵さんがあって、そのお地蔵さんにお札を貼って回る慣習があ~だけん。
その後、南部町に行って、最後が島根県安来市の清水寺かなぁ。
結構、これが大変で、『いとこ』の分までやらんといけんだ!

は~??
じゃあ、鳥取県西部の一部は、隣家の方が葬儀のお役目をされるんだ!
さらに、『札打ち』といった慣習もあるんだ!

本当に、驚きました。

『札打ち』がない分、まだ、うちの家は葬儀の行事項目が少ないのでしょうか。

島根県安来市にも以前、この 『札打ち』 慣習があったそうです。今は分かりません。

私が知らないだけで、ほかに様々な慣習が残っていそうです。

「郷に入れば郷に従え」ですね。

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